初めてボディピアスに興味を持ったのは、もう随分と前の事でした。
学生の頃、だったと思います。
きっかけは、友人の身体に開けられたピアス。
鼻と耳、そしてお臍。
そこに煌めく石。
そこに時々加わる、耳と鼻をつなぐ細い金のチェーン。
見てくれと言わんばかりのその存在感に、かえって「見てはいけない物」という気が否めなかったのです。
けれども・・・何故でしょう。
いつのまにか、なみはそれらに惹かれていったのです。
退廃的で、そのころの私にはとても縁遠かった物。
身体の各所に穴をあけてまで、装飾品で身体を飾るという、酷くエロティックなそのイメージに。
まだピアッシングなど、今ほどポピュラーな物でもなく、セルフで開けるなど考えられなかったその頃。
「いつか開けたい」
そう思い続けてながらも時間は果てしなく流れていってしまいました。
今の今まで思い切れなかったのは、背中を思い切り押してくれる何か。
なみは「機会」を待っていたのかしれません。
昨日、ナベル(お臍)ピアスを開けてきました。
ピアッサーで開ける通常のステンレスバーベルタイプなら麻酔も何もせずにあっという間に終わるとのことだったのですが、数ヶ月は入れ替えせずにずっと身体に装着しなくてはならない物。
どうせ開けるならと、少し手間は掛かるものの小さな石の付いたバナナバーベルタイプを選びました。
医師によるカウンセリング後、消毒、麻酔・・・そしてお腹に掛かる強い圧迫。
「・・・終わりましたよ。では、何か異常を感じた時はすぐに来てくださいね。」
本当にあっという間。
実質20分前後の施術でした。
こちらの世界に足を踏み入れてから知ったことの一つ。
この世界には、「ボディピアス」という物には、装飾というよりも、もっと特別な意味を持つと言うこと。
その多くが「御主人様への忠誠」の証。
御主人様からそう望まれ、「所有物」としての証明の為にピアッシング。
だから御主人様に開けて頂く場合が多いのだと聞きました。
たしかに御主人様に開けていただくことが出来れば、それは素敵な事なのでしょう。
自分の身を捧げ、わずかな痛みと共に御主人様から直接与えて頂く印。
目眩がするほどに、魅力的。
けれども、御主人様に施術して頂くのでは何処でも可能と言うわけではなく、ピアッシング出来る場所には限りがあるのだと思う。
ではそのような場合、施術者が自分の「御主人様」では無かったら?
ピアススタジオのスタッフに委ねられた場合は?
なみのように病院で医師の手で開けた場合は?
それに、御主人様からして頂いたピアッシングが、もしも失敗してしまった場合は?
そういう時には・・・どう解釈するべきなのだろうか?
ふと、そんな事ばかりが頭に浮かび、思わず苦笑いしてしまいました。
きっと、御主人様には呆れるぐらいに笑われてしまうのでしょうね。
「お前は馬鹿だな。そんなものは全然関係ないんだ。大切なのは気持ちの問題。
いつも一緒だと思えば、俺はいつでも傍にいる。
離れてしまった、そう思えば・・・それまでだ。」
そんなお答えが返ってくるのは間違いないのでしょうから。
SMとしてというよりも、今回はファッションの一部として開けたなみのナベルピアス。
けれども、思い返してみると、そのピアッシングの時期がなかなか掴めなかったなみに舞い降りた「機会」。
それは間違いなく御主人様が下さった物なのですね。
なみが御主人様の元へ来て、「shadow様」から「御主人様」とお呼びすることが許された事。
あれから、一年。
なみの背中を押してくれたその「記念日」。
ファッションの一部としてでも、この強い出来事が無かったら、なみは未だに迷い続けていたのかもしれません。
だから・・・御主人様、なみはこのナベルピアスを、御主人様に捧げます。
御主人様の元にいる事の許されるこの幸せ。
これからも続く私だけの、この幸せを祈って。
それ故、御主人様の元にいる事が許される限り、なみのナベルピアスは消えることがありません。
そしてこのピアスが無くなる時が、私が「なみ」で無くなるときです。
そう、もう決めてしまいました。
そしていつの日か、なみの身体にも、この世界での意味の通りに御主人様の手によって何処かに「所有物の証」を刻まれる日もくるのでしょうか。
頭に浮かぶのはちょっぴりの怖さ。
そして、きっと泣きたくなる程の嬉しさ。
いつか来るかもしれないその日を・・・
御主人様、なみは夢見ていて良いですか?
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9月の中頃になろうというのに、その日はとても日差しがきつく、気温は30度近くはあったでしょうか。
まとわりつくような湿りを帯びた空気。
でも、夏のそれとは明らかに違う、とても軽やかで、ほんのりと涼しさを含んでいる「秋の大気」。
以前に歩いた時には、アスファルトはゆらゆらと揺らめき、ちょっと歩いただけでもじっとりと汗ばんでしまったのに。
季節は本当に変わってしまったのですね。
でも、御主人様は何も変わらない。
何も変わらないで居て下さって・・・そうしてなみを迎えて下さった。
毎日のようにお送りするメールに、以前よりもほんの少し増えたお電話のせいで、御主人様はお気づきになられなかったかもしれません。
御主人様とお会いするという事。
御主人様のお顔を見たり、お声を直接聞くと言う事。
なみは約二ヶ月ぶりだったのですよ。
前の晩、眠りに落ちるのがあんなに大変だと思ったのも、久しぶり。
嬉しさのあまり、自然と頬がゆるんでしまう顔を必死で自制して、御主人様と二人で歩く、そんな初秋の大阪の街。
御主人様がチェックした美味しいお店の食べ歩き。
御主人様の案内で歩く、全く知らない場所。
他愛ないおしゃべりをしながらのお茶の時間。
お買い物のおつきあい。
ただ、それだけ。
肌も触れ合わず、一般的に言う「SM」とはとても遠い時間。
痛みも、涙も流すことのない時間。
けれどもそんな時間の流れの中、なみは御主人様から快楽を頂いておりました。
なんと言えば良いのか、今でも迷うのです。
でも、確かにそれは快楽。
なみだけなのかもしれないけれども。
それは・・・「心の快楽」でした。
自分を理解してくれる御主人様のお隣に居られる事。
そして自分が「御主人様」に属する存在という事を感じられるこの時。
とても落ち着いて、楽しくて、心地よい。
そしてぞくぞくと肌が泡立つほどに、身体の奥から沸き上がってくる痺れ。
熱くて、ぼうっとしてしまう程。
欲情にも似たその感覚は、なんとも形容しがたくて。
御主人様の笑顔、声、煙草を吸う仕草、そして周りの空気さえも。
なみの心をきりきりと締め上げる甘いロープのよう。
ふぅ、と身体の力が抜けてしまうのを、悟られまいと必死になっているなみがいました。
いつもと違うお別れ場所。
夕暮れ時、足早に流れる人の波に、あっという間に飲み込まれてしまった御主人様。
目に焼き付けた広い背中が消えてしまっても、どうしても目が御主人様を追ってしまって困りました。
またお会いできるのに。
次のお約束も出来たというのに。
なまじ、快楽を与えられたばかりに、その感覚にすっかり酔いつぶれてしまったようでした。
そうしてあの時から、ずっと何も変わらずに。
今も、この瞬間も、なみの心は御主人様の見えないロープにがんじがらめにされたまま。
ため息さえもが、とても苦しくて、そして心地よい。
でも、どうかこのままで。
いつまでもこのままに、御主人様、私を捕らえていて下さい。
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ホテルの一室。
御主人様に合わせた室温。
御主人様に合わせた部屋の明るさ。
伸びた指先に挟まれた煙草から、ゆっくり立ち上る煙。
強い匂いが部屋に満ち、御主人様の気配と混じり合うと、そこはたちまち「御主人様の世界」へと変化して行く。
けれども、いつもとほんの少し違うのは、張りつめた緊張感。
それは、痛みを感じるくらいに、なみの表皮に突き刺さっては跳ね返るのです。
それに負けないように深呼吸。
ちょっぴりため息。
「撮影」はそんな中、始まりました。
「シャツを開け」
そんな御命令に、首元からボタンを一つ一つ外して行くなみ。
真正面の窓は全開。
その向こうに建つオフィスビル街。
ブラは既に外してしまっているのに。
「見られてしまうかも・・・」
一瞬のためらい。
それでも御命令に従い、全てのボタンを外してしまったのは、
「羞恥心」や「自制心」などという物が、御主人様の前を前にすると、あっという間にぐずぐずに崩れて、溶けてしまったから。
「まず首輪だ」
そう言いながら、なみの首に微かに触れて下さる御主人様の手。
暖かい指の先から、カチリと弾ける小さな金属音。
身体を動かすごとに、シャランと高音を奏でる、胸元に掛かる幾重もの鎖。
漂う、革の匂い。
そして「手枷」。
一つ一つ穴に通す革ひも。
それが一気に引き絞られ、腕の先からじんわりとした「拘束感」が広がって行きました。
何かに似ている頭の奥から痺れて行く、この感じ。
そう、これは御主人様の大きな手できつくきつく両手首を抑えられた時に・・・なんだか似ている。
そう思うと、痛いくらいの拘束感が、たちまちとろけるような熱さに変わって行きました。
そして、その手枷と同様の形の「コルセット」。
ナイロン、エナメル、シルク・・・コルセットには昔から惹かれていたせいか、
既に数着、手元にはあるのだけれども、全てが革で出来ているの物は見ること自体が初めて。
伸縮性が全くなくて、とても固い。
(それ故に「拘束具」なのかもしれないけれども。)
そして前と後ろと革ひもである程度、調節が効く為か、それ自体、とても小さく出来ている。
御主人様の手で、身体に巻かれるコルセット。
胸側は自分でも充分に引き絞ったつもりだったのだけど、やはり随分と甘くなってしまったみたい。
映画のワンシーンのように、壁に手をついたなみに、御主人様の手によって、背中側の編み上げの革ひもが一気に引き絞られると、
胸側の引き絞りが甘かった分、身体がえび反りになる勢い。
ぐぐっと、胸がつまる。
「こんな拘束感があっても良いのだろうか・・・」
息をするのも、辛いのに。
思わず漏れてしまった声は、ため息だったか呻き声だったか、今となってはもう思い出せないのだけれど。
覚えているのは、なみのウエストが、御主人様の両手の中に収まってぐらいになってしまった事ぐらい。
御主人様から頂いた拘束を、なみはただ受け取るだけで精一杯。
それくらい、なみには強い衝撃だったのです。
羽織っていたシャツが少しづつはだけられ、
静かな部屋に響くシャッター音。
どれくらいの時が流れたのでしょうか。
気が付けば、なみが身につけているものは、首輪、手枷、そしてコルセットのみ。
シャツはパンティと共に白いシーツの上に脱ぎ捨てられてしまっていました。
「次は、後ろを向いて、もっと足を開け」
レンズ越しの御命令。
開かれる足をおって、響くシャッター音。
あの頃にはもう、なみの頭の中は真っ白。
強いて言えば、「快感」の二文字だけをなみは追いかけていた気がいたします。
御主人様の空気。
御主人様の世界。
身体の各所を飾る拘束具。
レンズ越しの御主人様の瞳、声。
全てに、なみは酔わせられ、我を忘れさせられ、狂わせられていきました。
それら多々の刺激に身体が耐えられず、私は何度バスルームに飛び込んだ事でしょう。
太股を滴り落ちる前に、御主人様に見られてしまう前に、全て拭い去ってしまいたくて。
それでも、熟れすぎた果実のように、止めどなく溢れてくる果汁。
あの日の「ため息」は、きっと撮っていただいたお写真の数と同じくらい。
そんな事さえ、御主人様から頂いた「幸せ」と、今は感じてしまうのです。
閉じこめられた沢山の「なみ」と共に、私もあのまま閉じこめられてしまえたら・・・良かったのに・・
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どんなに願っても時間の流れは止められない。
「今」はあっという間に「過去の事」となるのです。
そう、今もそれは続いていて、立ち止まることは許されず。
立ち止まれば・・・そこで全てお終い。
御主人様のコラムを拝見して、何故だかそんな事が頭に浮かんでしまいました。
一日、一日、「なみ」も「過去の存在」になって行くけれども、
また一日、一日、新しい「なみ」が生まれ続けているのですね。
このほんの一分、一秒でも、「新しい私」を御主人様にお届けしたくて。
そうして、私はまた、御主人様のお声に酔わされながら、非日常の世界に、この身を委ねて行くのですね。
来年もまた、この季節を御主人様と共に過ごせる事が出来ますように・・・
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暖かい日が続きます。
こんな良い日に、御主人様は何をしておられるのでしょうか?
何を考えておられるのでしょうか?
もしかしたら、今、この瞬間にも、なみと同じようにこの吸い込まれるような紺碧の空を見上げられていらっしゃるのかもしれません。
いらっしゃる場所は違うのだけれども、この世界に存在する限り、繋がっている空。
御主人様となみも、同じですね。
御主人様、なみはこのごろ思うのです。
「言葉」とは、なんと難しい物だろうかと。
面倒な物だろうかと。
どんなに飾り立てたそれらを並べようと、どんなに難しい言葉を駆使して伝えようと、
本心が小指の先ほども伝わらない事がある。
それどころか、何処かで言葉自体がねじ曲がり、歪んでしまうことさえあるのです。
その反面、言葉など無くても、すぐ隣にある体温、作りだされる空気、表情、動作の一つ一つ。
それだけで、まるで全身を使って意志の伝達をしているような時もある。
たとえ触れ合っていなくとも。
肌など重ねていなくても。
言葉などいらない。
そう思うことさえ、あると言うのに・・・。
人間は言葉を使います。
最高の、最良のコミュニケーション方法だと、そう言って常に用いています。
それを、優れた進化の結果だといいながら。
素晴らしい進化、他の生物と一線を引く進化だと。
私が上手く言葉を使いこなせないだけなのかもしれない。
ボキャブラリーが少ないだけ、表現が下手なだけなのかもしれない。
だけれども、私にとっては、言葉を扱うのが人一倍下手な私にとっては、
誰かの色の空気を感じ、動作や表情からその人の「気持ち」を感じとる事。
それが最高のコミュニケーション。
そしてそれが、裏や表、嘘偽りのない方法。
そう思っているのです。
多分、分かってはもらえないかもしれません。
この感覚は、感じている物でないと、きっと分からないのかも知れないのだから。
でも、それもまた・・・良いのかもしれません。
肯定、否定、無関心。
人は人が存在する数だけ、様々な思い、考えが生じるのです。
なみもそんな世界のたった一つの欠片に過ぎないのだもの。
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「ドレサージュ(調教)によって女は変貌する」
本の帯や店頭でのポスターに書かれたこの言葉で手に取ってしまった方も多かったのではないかと思う渡辺淳一「シャトウルージュ」。
なみも例外ではありませんでした。
渡辺作品を手に取るのは、なんだか久しぶり。
そして、こんなにも時間を奪われてしまったのも、とても久しぶりの事でした。
渡辺作品はとても不思議なのです。
ただなんとなく読んでしまおうとすれば、数時間で読み終わり、後には何も残らない。
たとえ同姓の登場人物の誰一人にさえ、共感を持てないと思ってしまえば全く持てなくなってしまう。
彼の文章の特殊性からなのかもしれません。
行動や性描写はともかく、物語の合間合間に述べられる「考え」がとても長いのです。
そしてその反面、心の描写がとても少ない。
それ故に、登場人物の心の動きが、嫉妬、悲しみ、そして愛へと変化して行くプロセスをそこから感じるのがとても難しい。
特に彼の作品に描かれる女性達。
見ようによっては、ただ話の流れに動かされているに過ぎない人形にさえ思えてしまう。
そう、たちまち「陳腐」で「つまらない」の一言で片づけてしまう事にさえなりうるのです。
中学の終わりに触れた初めての渡辺作品に、なみはそんな印象を持っていました。
そんな渡辺作品の「楽しみ方」を教わったのは丁度社会人になってから。
図書館のような部屋に住む、一人の年上の友人からでした。
「彼の作品の楽しみ方がいまいち分からない。」
そう言ったなみを笑い飛ばした彼女は、長い髪に煙草の煙を絡ませながらこんな事を教えてくれました。
どうして心の描写が少ないか。
それはそれぞれの作品の登場人物達が、ただ私達、読者の一人一人で全く違う「思い」「考え」をそれぞれ入れる器に過ぎないから。
理屈が長いのは、彼がそれだけ多様な方向性の考えを持つ、柔軟な人間だから。
共感を持てないのは、貴方がまだ人生経験が少なくて、そういう経験をしていないから。
渡辺作品は普通の恋愛小説や官能小説みたいに楽に読めてしまうものではなくて。
肝心な所を省いて書いてある作品がとても多い。
けれども、それ故にいろんな思いを当てはめることが出来る。
彼の世界に入って、登場人物にその時の自分を当てはめて、自分で動かして自由に物語を作る事ができる。
だからその時その時で幾通りもの物語が生まれる。
それには想像力と誰にも邪魔されない時間と静かな空間が不可欠だと思う。
「酒も飲めない貴方には、渡辺作品を読むのはまだまだ早い」
そう言って浴びるようにアルコールを摂っていた彼女。
アルコールは今でもほとんど飲めないけれど、シャトウルージュでも幾つもの自分だけの物語を生み出すことが出来たなみは、
彼女から言わせれば、ようやく渡辺作品を楽しむ資格を得たのかも知れません。
唯一、この作品の「残念なところ」として挙げるならば「調教(ドレサージュ)」と言う文字を強調しすぎた為、
思い違いをした人間がでてきてしまったこと。
この世界に存在している為だから余計にそう思って仕舞ったのかも知れません。
「調教」という言葉からすぐに「SM」と結びつけてしまったこと。
「調教=SMの調教」と結びつけてしまった事。
そう、なみもその内の一人です。
妻をシャトウルージュで調教を受けさせるように依頼した夫が望んだのは
「性に目覚める事、そして妻として夫である自分に身体を委ねるようになる事」
確かにSMを彷彿とされる言葉は数多く登場するのですが、決してSMではなかった。
望むのは「妻としての性愛」のみ。
被虐愛ではない。
鞭打ちも蝋燭も、痛いお仕置きも登場しない。
どこにも、そんな事は書かれていないのだから。
「シャトウルージュ」は、そんな世界の物語。
そうしたあげく、妻ではなく「女」として、性愛に目覚めてしまった一人の女性の物語。
本の楽しみ方など人それぞれ。
違っていて当たり前。それで良いのです。
けれどもそんな「月子」が、なみにはなんだか微笑ましくて堪らないのです。
なぜなら・・・なみも御主人様の手によって目覚める事ができた一人だから。
御主人様にお会いして「女性である事がこんなも嬉しい」と、そう思うことが出来た一人だから。
最後のページをめくってしまえば、本の中の物語は終わってしまう。
けれども、御主人様となみの物語はまだ始まったばかり。
一日一日書き綴られて、増え続けて行くページ達。
そうして最後の残り一ページ。
結末は・・・今はまだ、神様だけがご存知だ。
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郵便局に向かう途中に小さなお花屋さんがあるのです。
もう本格的な冬を迎える時期だというのに、そこはまるで春の国のよう。
同じ色など一つもなく、咲き誇る沢山の花々。
まるで「私を見て」と、そんな事を訴えているように、きらきらと命の光を放っているのです。
いつもはそんなショーウィンドーを眺めながら、今は遠い春に思いを馳せるなみでしたが、
ふと、店先に置かれた古いバケツの底に転がる茶色の塊に気づきました。
小さくて、所々皮が剥けてしまって白い肌を寒そうに覗かせ・・・それは何かの・・・球根のようでした。
「お客さん、それチューリップなんですよ。」
お店のおじさんが、いつもの笑顔で迎えてくれました。
なんでも、ちょっと前に入荷したものなのだけれど、
お客さんはみんな大きくてしっかりした傷のない物ばかりを選ぶものだから、
最後にはこういう物ばかりが売れ残ってしまったのだとか。
確かに、とても小さいうえに皮が剥けてしまった部分には傷やへこみがそれは沢山見うけられました。
「もう、ここまで小さくて傷ついちゃうと売り物にならないんだよねぇ・・・」
「可哀想だけど、捨てるしかなくて・・・」
そう言ったおじさんの春の国から引き取った七つの命の種達は、今、思い切り根を張るであろうプランターを待っている所。
プランターも少し大きめの物、培養土も用意しなくてはなりません。
日当たりの良い場所を用意しなくてはならないし、でも冬の寒さに当たらないと花を咲かせない事もあるとの事。
寒いだろうとうっかり室内に置いてしまったら大変です。
「植えるのはいいけど・・・球根自体の問題があるから、あまり期待しないでね」
そう紙袋を渡されながら苦笑いしていたおじさん。
「分かりました」とそう答えた、なみ。
綺麗に咲く保証は何処にもありません。
どんなに頑張った所で、芽さえ出ないかもしれません。
けれども・・・芽が出ないという保証もないのです。
だから、出来る限りの事はしてあげたい。
何もしないで諦めてしまうには、あまりにも小さな命だから。
徐々に冷え込みは厳しくなる今日この頃。
後、一ヶ月とちょっとで、もう次の年が訪れます。
どうか冬を無事に越す事が出来、春を迎えられますように。
彼らも春の暖かさを、その葉で、花びらで、思い切り感じることができますように。
・・・御主人様も祈っていてくださるでしょうか・・・
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クローゼットの整理をしていて、それに気づくことが出来ました。
折り畳まれた、小さなお神籤。
神社の木々に結びつけてくるのを常としいたなみには、持ち帰ることなど一度もなかったはずなのに・・・
そう思って、そっと開いてみて気づきました。
それは今年のお正月にとある神社でひいた物。
何故だか、心に引っかかる物があり、持ち帰ってしまったものでした。
聞き慣れない古い言葉の下の解釈。
「若者は老いくたびれ、物は朽ち、いつしか跡形もなく消え去ってしまう。
それが世の中、そして全ての物の流れ。
この世には変わらない物など、何一つありはしないのだ。
だからこそ、過去に捕らわれず、迷わずに、しっかりと目を見開き、自分の進むべき道を行かなくてはならないのだ。」
永遠などない。
私も、いつかは「過去」となるのかもしれません。
けれども、私は今、「なみ」で在ることを後悔はしていないし、まして間違っているなどとは到底思えない。
少なくとも私は「不幸」とはほど遠い所に在るし、
「過去」になるつもりも、今は全くありません。
仮に「いつか」は、それは訪れるかもしれないけれども、それは今では決してないのだから。
この言葉に、一年、私は捕らわれていたことになるのでしょうか。
少なくとも一年近く前の私はそうだったのかもしれません。
置いてくることも出来ず、だからといって捨てることも出きなかった。
けれども・・・今は、もう大丈夫。
ようやく私は、全てを受け入れ、全てと真正面から向き合えるようになったのだから。
ひとつまみの清めのお塩と共に、白いお皿の中でゆっくりと灰になって行く私を縛っていた「言葉」の鎖達。
どうせ縛られるのならば、御主人様の鎖が良い。
肉という肉に絡みつき、骨まで砕かれてしまいたい。
そんな事を思うと、身体と心が、また少し、軽くなった気が致しました。
そして、また一つ。
強さと幸せに、近づいたなみがここにいます。
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髪を切りました。
5、6pぐらいでしょうか。
思っても見なかったアクシデントに、切らざるを得ない状態に追い込まれて。
「終わりましたよ。少し短くなったけど、変わらないと言えば、変わらない程度だし・・・あんまり気にならないと思いますよ」
そんな担当の美容師の慰めのような言葉を、なみはどこか遠くで聞いていた気がいたします。
髪を伸ばし始めたのは、去年の夏の頃。
御主人様が長い髪がお好きだと仰ったから。
笑われてしまうかもしれないけれども、御主人様の「好き」に少しでも、近づきたかったから。
美容院を出ると、冷たい風がなみの髪を撫でて行きました。
御主人様への思いが、なんだか少し減ってしまったよう。
冷たさが、髪に、心に沁みていきました。
でも、・・・また、伸ばし始めようと思います、御主人様。
今度は、もっともっと、艶やかに、長く。
その指で撫でて頂けるように。
いつも愛でて頂けるように。
肩を覆う長さは無くなってしまったけれども、
なみの思いは、ほんの少し、無くなってしまったけれども。
御主人様へのこの思いは・・・まだまだ尽きる事は無いのだから。
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人の流れに身を任せながらの初詣。
見上げると、雲の切れ間から所々顔を覗かせる月がとても綺麗でした。
お願いは三つ。
一つ目は変わらぬ健康。
二つ目は向上する自分。
そして、三つ目。
これは内緒。
だけれど御主人様は、容易にお分かりになるのでしょうね。
新しい一年が、穏やかに過ぎて行きますように、心から願いを込めて・・・
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青い海に囲まれた島。
そこに住む、犬を愛する男の元に、一人の女がやってくるのです。
けれども男は興味を示さない。
男の好きなのは「犬」なのだから。
そうして、自ら女は四つん這いになり、首輪をして、男の手を舐めるのです。
「こっちを見て、私はここよ。」
物言わぬはずの彼女の大きな瞳は、そう言っていたのです。
男の愛する「犬」と争うように。
そう、犬から愛を勝ち取るように。
御主人様の大きな手の下で、ゴロゴロと喉を鳴らす小さな獣をみていたら、
いつか見た、そんな古い映画を思い出しました。
あれは学生時代の頃だったでしょうか?
タイトルも、主演の女優も、あまりよく思い出せないのです。
ただ覚えているの事は、見ている最中の何故だか熱いため息と、見終わった後の暫くの喪失感。
そして、身体の疼き。
気持ち良さげに目を閉じる、白い毛皮の塊は、今度はお腹だと仰向けに身体を捩ります。
「御主人様、なみも・・・」
思わず口を出た言葉に、御主人様の驚いたお顔。
それでも、直ぐに仕方がないと言うお顔をしながら、手を伸ばしてくださる御主人様。
髪を滑る温かい手。
くちゃくちゃにして下さる、大きな手。
ふと我に返り、どういう顔をしたらよいのか分からなくなって、少し困りました。
・・・御主人様の大好きな、動物だったら良かったのに・・・
それなら何の計算もなく、素直に顔を上げて一声挙げられるのに。
目の前で尻尾をゆらゆらと揺らす、小さなこの子と同じように、
優しい手の感触に、私はこんなにも狂喜しているのに。
柔らかい毛皮もないけれど。
しなやかに動かせる尻尾もないのだけれども。
それでも、良いですか・・・御主人様?
暖かさはゆっくりと髪から首筋に。
暖かい喉をくすぐる指先を、なみは身体全身で楽しみながら、
心の中で小さく小さく、一声「にゃおん」と鳴いてみました。
満腹なお腹を抱え、微かな寝息をたてて眠る獣は、今、なみの膝の上。
この子は何を考えて、夢の世界を漂っているのでしょうか?
今夜あたり、なみも御主人様の世界を泳いでみたい。
・・・そう言えば・・・
あの時、私は、この子に勝ったのでしょうか・・・。
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楽しい時間はあっという間。
気がつけば日は沈みかけ、海は深い蒼い色を夜の色に変えようとしていました。
他愛ない話を、静かに聞いてくれる目の前の貴女に、今日、初めてお会いしたとは、なんだかとても思えなくて。
昔から知っているような、そんな錯覚に襲われるほど、貴女の笑顔は優しく、そしてとても綺麗だったのです。
「今度、お菓子を作ってきますね。」
そんな曖昧な言葉さえ、望めば直ぐ手が届くような「約束」になってしまう、不思議な貴女の空気。
お会いできて、良かった。
あれからなみは、ずっとそんな事を考えています。
次にお会いするときには、なみの身体にもう一つ、痛みと共に誓いの刻印が増えるときかもしれません。
御主人様への「なみ」なりの忠誠。
そして、もう一つ。
今度は貴女に会えた記念の意味も兼ねて。
「今度お会いするときには・・・」
植え付けられる痛みと、そして、肌をひりつかせる興奮感を抱きつつ、
その「今度」が、早く早くやってくるようにと、
今はただ、それを願うばかり。
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あの時のなみは、あの時の痛みに、そして、今よりも倍は増すであろう痛みに、ただただ、恐ろしかったのです。
拭うことも許されず、涙で、シーツを汚し、どうしたら、この苦痛から逃れられるか・・・
そればかりを考えていた気がいたします。
だから、終わったと言われた後、御主人様の大きな手のひらを身体に感じながら、湿ったシーツに丸くなり、
嗚咽を漏らしながら、ほっとしていたのは事実。
だけれども・・・今更ながら思うのです。
どうしてもっと、頑張れなかったのだろう・・・?
どうして、あんな恥ずかしいぐらい、泣いてしまったのだろう・・・?
怖くなかったと言えば、それは嘘。
けれども、なみの身体は、確かに反応していたのです。
生々しく音をたて、食い込む痛み。
そして、その痛みが増すほどに、火照りも増したこの身体。
「許して下さい、もう駄目です・・・」
息も絶え絶えで、何とか発した言葉。
どうして、そんな事を言ってしまったのだろう?
いっそ、言葉が発せられないよう、猿轡でもして頂いておけば良かった。
お好きなように、お好きなだけ、なみを扱っていただけたのに・・・
そうしたら、きっとなみの身体はもっともっと・・・
そんな事を考えては、熱いため息を何度ついたことでしょう。
そんな、やるせない思い。
御主人様から頂く痛みさえ、快楽へと結びつける「何か」を見つけたこの身体への葛藤。
そして・・・御主人様がいらっしゃる安心感。
「幸せ」。
いろんな思いを抱えながら、もうすぐ迎える御主人様との二回目の春。
・・・今年の桜も、美しいでしょうか?
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ふと見上げると、同じ星空なのに、何かが違うのです。
銀の光を放つ星も、高い高い空も。
そう、目を閉じると、答えは簡単。
さわさわと、頬をくすぐる風は暖かい。
そして、以前よりもずっとずっと柔らかになった空気。
思い切り空に向かって深呼吸をすると、春の匂いがいたしました。
少しだけ長く、姿を見せ続けてくれるようになった太陽と共にやってきて、
いつしか、直ぐ傍で、優しく私達を包んでくれている。
ずっとずっと続いている事。
それは当たり前の事なのに、時々酷く贅沢な事のようにさえ思えてしまう。
そして・・・そんな「春」の感覚は、ほんの少し「御主人様」に似ている。
そんな事を考えながら、仕事の帰り道を、ほんの少し遠回りして春の空気を満喫してきました。
暖かな星空の下、御主人様は何処にいますか?
・・・なみはここにいます。
あと一ヶ月もすれば大輪の花びらを散らすであろう木々の下より
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過ぎゆく時間はあっと言う間。
一分、一秒が惜しい。
眠りに落ちる時間も、空を見上げる時間も。
春の始めにはじまったそんな生活も、気がつけば次の季節を迎えてしまいました。
一瞬のうちに駆け抜けていった時間。
なみは、たくさんの物を犠牲にしてきたように思います。
すぐ横に座らせて頂いて、時間も気にせずに行った楽しいお食事。
沢山のものに目を惹かれあるいた街の中。
痛みと快楽に身体が震えた永遠とも思える時間。
思えば、随分とたってしまいました。
それでも、目を閉じれば御主人様の笑顔がすぐに浮かぶのが不思議です。
次にお会いする時には、つい先日購入したばかりのお気に入りの香りをお供に連れて参ります。
自分だけでなく、周りの人にまで伝染すると言う、その香りの名は「幸運」。
ほんの少しでいい、御主人様の心の中に忍び込めるように祈りながら。