余裕
こういうサイトを長年運営していると自然にM女性との交流が広くなる。
中には実調教を希望する女性も少なくないので、たくさんのM女性とお互いにいろいろな経験を積んできたし、常に複数のM女性が俺の周りにいる状態にある。
何も自慢したいのではない。
生涯一人の女性を愛したまま死んでゆけるのなら、そんな素敵なことはないのだろうと思う。
けれども、どうやら俺はそんな純愛よりも、オスとして優秀な子孫を一人でも多く残したいという本能がかなり勝ってこの世に生まれたようだ。
それは自慢すべきことでもなければ、また卑下することでもないと思っている。
普通であれば本能や欲求は理性で抑えるべきものとして大人になるが、ちゅうか、それが大人の証でもあるが、俺は食や性、睡眠といった本能に関わる部分について特にセーブをかけることなしに今まで生きてきた。
結果、今こういう状態にある。
つまりは、よく食べ、よく眠り、よく交わる。
どうも俺は野生動物に近い生き方をしているようだ。
そのせいなのか俺が一番したくないと思っている、死ぬ間際の「もっと○○しておけば良かった...」という後悔は今のところ特に見当たらない。
そして、こんな現状につき心から良かったと思えることがある。
それは、俺はSMを楽しむ上でM女性に対して媚びる必要が一切ないということ。
俺はその利点を生かし、M女性に対してはやりたいようにやってきた。
こんなことをすれば嫌われるのではないか...
こんなことをすれば二度と会ってもらえないのではないか...
良くも悪くも相手に不自由していないので、俺にはそんな配慮や心配をする必要が全くない。
やりたいことをやりたいようにできるのだから、サディストとしてこんな幸せなこともない。
M女性のパートナーを得るのは相当に困難という理由で、世間ではサディストを標榜しながらもM女性の顔色を伺いつつ、というパターンも少なくないと聞く。
好きなように責めたいが、また会いたい...この葛藤はさぞ大変だろうと思う。
よって、本当に自分なりの責めを楽しむには完全にプレイに酔ってしまうか(これはかなり危険な状態である)、あるいは相手に不自由しないという心の余裕が重要になってくる。
よって、昔の貴族や独裁国家の特権階級などはSMを楽しむには持ってこいの社会的地位だ。
気が付けば、ことSMに関してのみ俺は合法的にそれに近い立場になっていた。
とにかく、こんな現状にはただただ感謝あるのみだ。
と、こう書けば何やら俺がM女に嫌われるような相当過激な責めをしているように思われるかもしれないが、それは違う。
やりたいことを好きなようにできるという余裕を背景に、相手のニーズに合致したSMを提供すべく心掛けている。
そういった意味で自分で言うのも何だが、俺はまた気配りの人でもある。
もちろん、そのような気配りなど全く不必要なM女もいるので、この場合はいささか本能を解放している。
幸い、俺はそのどちらも楽しめている。
shadow
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