29日
なか卯の鴨おろしうどんには違和感を感じる。好みの問題もあるだろうが、鴨肉の神髄は油身の溶けたつゆにこそある。特に表面部のねっとりとした甘いつゆは酒が進んで仕方がない。なのに、セントラルキッチンで煮られて出がらしになったような肉を店舗で盛り付けてそれなりに見せたところで俺には食うに値しない。鴨肉を安く買える店を探しているのだが、なかなか見つからない。概ねグラム500円といったところだ。これがヤフオクだと真空パックでグラム100円程度にまで落ちるが、何より買い物の面白さがない。俺はあくまで店で買って木の皮に包んでもらって持ち帰りたいのだ。その店で猪も買えれば理想だ。京都あたりにありそうなものだが、これがなかなか見つからない。錦の肉屋もそれ専門というのはないようだ。黒門には一軒あるが、グラム売りはしてくれぬ。ま、見つかったら長い付き合いになるので別に店探しを焦っているわけではないけれど。それまではヤフオクで我慢だが、真空パックでもなかなかに美味しいものだ。
28日
本屋ならジュンク堂、長年そう信じて止まなかったが、先日梅田のBOOK1に行ってみたらとても楽しい時間を過ごせた。なぜかと思えば、平積みしてある本の種類がジュンク堂より遙かに多いのだ。表紙が見えるのと背表紙だけでは、ぶらぶら見ていても楽しさが違う。やわらかい系統の本はむしろBOOK1の方が充実しているようにも思え、これからはちょこちょこ行くことになりそうだ。反面、紀ノ国屋は前を通ることしょちゅうだが、もう長いこと店内に足を踏み入れてはいない。好立地にものを言わせての雑な商売に思えてならないが、もう少し入って楽しい本屋にしてもらいたいものだ。
27日
美山への道中では紅葉の名所である高雄を通る。そのときの車中での会話。俺「これだけ沢山の人が来て紅葉刈りやったら葉も千切られまくりやろ。桜は枝を折ったら逮捕されるのに紅葉は差別されてるな」「ん?おまえ面白いこと言うな」「何が?」「紅葉狩り言うても実際は葉を拾ったり千切ったり折ったりすることとちゃうで。紅葉鑑賞のことを狩りって言うてるだけやで」「ほんまか!?」もし本当なら日本人の三人に二人は勘違いしてるのではないか。高雄は本当に凄い人で、あれでは風情ある鑑賞は望めない。もう少し奥へ行けば美山があるのに、皆知らないのだろう。最も、そんな俺も今年に知った口だが。次は2月だな。
26日
今が旬なのか山芋が細長い箱に詰められて我が家に届いた。とろろ納豆ととろろざる蕎麦は俺の好むところだが、それだけではまだ余るので山芋ステーキでも作ってみようと正確なやり方をネットで調べてみたら、どうやら一般的には卸してお好み焼き風に焼いたもののことを言うらしい。俺が昔よく行っていた店では山芋ステーキといえば、少々厚めに切ってそれを焼いたものであった。この方がステーキという呼び名に相応しいし、俺が食べたいのもこれだ。お好み焼き風にやってしまっては確かにふわふわには仕上がるだろうが単にそれだけの話で、ソースでも塗ろうものなら新鮮な山芋が泣く。そんなわけで今夜は山芋づくしなわけだが、精が付いたところで明日からは親友と二人で美山に泊まりに行くのだな。明日の朝もとろろ飯だ。夜は眠れるだろうか。ま、こういう心配ができる内は男として花だな。注:これは先週書いた雑記なので実際は既に行って来た。
21日
食事前の人は注意。たまにウォシュレットの無限連鎖に陥ることがある。洗浄を済ませ拭いてフィニッシュと思いきや、何やら水の勢いに肛門が刺激されてまた出したくなる。たまにそれを何度も繰り返す。ウォシュレットに慣れてしまうと今まで全て拭いていたのが信じられぬが、出先のトイレではまだまだ普及仕切っておらず、その後は少々気持ちが悪い。人間としての生活の第一は肛門清潔の原則だと聞いたことがあるが、確かに劣悪な環境に置かれるとなかなか清潔を保てない。その点、野宿など意外に清潔だ。俺の場合、大は川に直接する。済んだら手で水をすくって洗う。ティッシュは使わない。野宿するからには人目の付かない場所でありできることだが、山中の清流だとすぐに小魚が突つきにきて自然の循環について考えさせられることしばしばである。
20日
昨日はミシュランのニュースが盛んに報道されていたが、大阪が全く蚊外なのは純大阪人として腹立たしいというか納得がいかぬというか、素直に喜べない。関西とてレベルは変わらぬと思うが、こと値段に関しては関西の圧勝だし、何より料理の根本である食材の善し悪しも関西に分がある。そもそも食材というのは一部の例外を除き海から釣り上げてから、畑から引き抜いてから刻一刻と味が落ちるものであり、明石や瀬戸内の魚、京都や丹波の野菜等大阪は良質な産地から近い。こと貝類では負けるが、その他多くに負けるを知らない。この利点がそのまま料理の味であり、また料理とはかくあらねばならぬ。すなわち食材の味を生かすということ。ま、あまりの反論はよそう。そもそも関西はミシュランの星店よりも近所のお好み焼き屋を大切にする文化があるから。
19日
俺は芝居にはほとんど興味がなく、来月に劇団四季オペラ座の怪人を観るのも「とりあえず一度観ておくか」程度のものだが、昨日の情熱大陸小栗旬の後編を見て彼のカリギュラは是非観てみたいと思った。大阪にも来るのだろ?でもまあ、今からチケット買おうとしたところで時既に遅しか。と、ここでヤフオクを見てみれば凄い金額になっとる。NHKの舞台中継にでも期待しよう。
15日
せっかく2月のポリス大阪公演のプレオーダーが当たったというのに、予定を書き込もうとしたら何と既に埋まっているではないか。ちょうどそこは三連休に当たる週末で、親友と日本海で蟹を食べて一泊したのち昼にブリしゃぶ、夜は美山で地鶏という二泊の食い倒れ旅行だ。どっちを優先するかは言うまでもないが、もうポリスのライブが日本で観られる機会は二度とないかもしれないと思うと、とても残念だ。チケット一万円したんだがな。
14日
おでんの美味しい時期になってきた。好物でもあるが、我が家でおでんを作ったら必ずセットになるメニューがある。お好み焼きだ。といっても同時に食べるわけではなく、三日目あたりに残っているおでんの具をブツ切ってお好み焼きに入れる。特にジャガイモ、コンニャク、すじ肉がよろしい。その他練り物でも何でもOKだが、大根は合わぬ。ソースではなく、醤油とマヨネーズと鰹節で食べる。これが実に美味いのだな。ジャガイモは絶対に欠かせない。俺は普段でもお好み焼きを作るときは必ずジャガイモを入れるが、面倒ならば冷凍のフレンチフライドポテトでも構わない。今、間借りの畑からジャガイモがどんどん収穫できるので、週に1,2度は楽しんでいるメニューである。
13日
昨日何気なしにNHK今日の料理を流しながら作業をしていたのだが、初回の出演なのだろう、あそこまで緊張していた講師も珍しい。放送事故の一歩手前という感で、民法ならオンエアしてないだろう。司会の後藤さんはああいういかにも小市民的な人柄だが、NHK東京に在籍し、人気番組の司会を勤めるというのはNHK局員にしてみればそれはもう大変なエリートということになる。NHKに入れば全国あちこちの転勤続きで、誰もが東京でのすごろくの上がりを待っていると聞く。後藤さんはあ見えて、それが成ったのだな。ちなみに、作りやすい料理と人柄が好きでケンタロウが出演する時は毎回録画している。番組をまともに見るのはこれだけで、月に一度の楽しみでもある。
12日
俺も情熱大陸はずいぶん長い間見てきたが、二週に渡って同一人物を取り上げるというのは異例中の異例のことで、それだけ小栗旬という役者が魅力的な人物ということなのだろう。実際番組を見てみればちゃらちゃらしたところは感じられず、硬派な美形と言ったところか。しいかしまあ、200日間休みなしとは気の毒なことだ。合間には台本覚えて、あれでは遊ぶ暇などとうていあるまい。どうやら芸能界というのは売れて忙しいか、売れなくて暇かの二つしかないようだ。一般人は特に緊張もなく日々忙しいのか忙しくないのかよくわからないようなぬるま湯に浸かっているわけだが、彼と比べてどちらが幸せなのかは本人の気持ち次第だろう。サラリーマンや役所の公務員で幸せを感じるというのもそれはそれで一つの才能だと思うが、幸か不幸か俺はそうは生まれなかったようだ。
8日
日産GT-Rの発売というのは、とても買えぬ金額ながら男にはワクワクするものがある。街で見るようになるのはいつ頃からだろう?これでZとGT-R両雄が復活して華々しいことではあるが、逆に言えば日産は切り札を使い切ったわけだ。その点、トヨタは伝説の名車2000GTを未だ封印したままだが、これは王者の余裕か。好きな車を一台あげると言われたら俺はフェラーリよりもトヨタ2000GTを選ぶが、日本車ながら公道を走っているのを未だかつて一度も見たことがない。フェラーリ・ディノやランボルギーニ・ミウラでさえ見たことがあるというのにおかしな話だ。ちなみに、二番目に好きなのがシボレー・コルベット、三番目が深緑のジャガー。ビジネスはジャガーで週末はコルベット、昔はそんな人生に憧れたものだ。
6日
先日水尾にて栗を拾ってきたとは既に書いたが、一部枝ごと折れて転がっていたのをそのまま持って帰って一輪差しで飾ってみた。これが実にいい。秋の風情が辺りに満ち、おまけに一週間経っても姿形がそのままだ。これだと一秋保つのではないか。ならば栗拾いを兼ねて毎年秋の訪れに水尾を散歩するのも面白い。ちなみにその他の栗は最初に皮を剥いての焼き栗で食べたが、たまたまあった白ワインとの相性が良かったことこの上ない。こうして目にも舌にも自然の恵みを感じるのはいいな。
5日
今年もチャルメラの季節になったようだ。昨日初音を聞いた。例年ならば縁起もの扱いで初音には一杯頼むのだが、昨夜は既に布団の中でうとうとしていたので食べなかった。これからが稼ぎ時なのだろうが、今までほとんど他の客が注文している気配を感じたことがない。ま、実際問題カップヌードルやどんべえの方が手っ取り早くて美味くて安いしな。俺がチャルメラを食うのは風情半分応援半分、憧れ少々と言ったところだ。もしあれが昔ながらの手引きでなくてワゴンにでもなれば俺も食わぬ。チャルメラの音はテープのようだが、実際に吹けば売り上げが上がると思うのだけどな。更に言えばラーメンでなく蕎麦にしてくれたら最高なんだが。平成の夜鷹蕎麦、実に素敵ではないか。こうなると家に持ち帰らずにその場で食べてみたい。あくまで気分で食うので、別にまずくてもいい。ちょっとした江戸の情緒が味わえて500円なら安いものだ。
1日
猫ついでに書いておけば、俺も親父も気前良くかつお節や煮干しをやるものだから、最近では見知らぬ野良やら飼い猫までもがやって来るようになった。おそらく彼らの間で我が家は新宿歌舞伎町の如く超優良の縄張りであり、そのためか最近夜中にしばしば抗争が勃発してよく起こされる。時に我が家の植木鉢をガッチャンゴロゴロとなかなかの騒音ぶりだが、前日夢の最中に叩き起こされたのは別として、そういう猫の喧嘩も俺はどこか微笑ましく見守っている。だって、昔は当たり前の話だったではないか。時代の流れか、無所属の野良猫は激減して夜は静かになったが、逆に言えば我々の営みがくだらない町内を生んで彼らの存在を許容していないのだ。俺は過保護に飼われた犬よりも圧倒的に野良猫を愛する。とはいえあくまでそれは俺の言い分で、何せ公園の子供の遊び声が騒音に認定される昨今だ。あまりに集まってくるとしまいには苦情が来かねないが、中には「うちの猫ちゃんの分までいつもすみません」と、かつおパックやらを持ってきてくれる人もいる。世の中まだまだ捨てたものではない。
翌月の雑記へ